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泣けないひともなける吉田山田の日々、別れそして再会 [エンターテインメント]

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泣けないひとも思わず泣けてしまう吉田山田さんの「日々」
結成までの日々もまた、泣けるような日々を送っていたようです。

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引用http://hicbc.com/radio/negative/140508/index.htm

高校を卒業をし、それぞれの道を歩んでいた二人ですが、
金髪の山田くんは、なんとなく満たされない毎日を過ごしていました。

2003年
金髪の山田くんは「どうしても、音楽をやりたい!!」と思い始めました。
そして、音楽といって思いつくのは、高校の文化祭でグループを組んだ吉田さんのこと。

「音楽をやるなら吉田とやりたい!!」
高校生のときとは、もう違います。
すぐに吉田さんに「一緒に音楽をやろう」と声をかけました。

大学に通っていた吉田さんは迷いました。
しかし、金髪の山田さんの熱意に押され、一緒に音楽をやることを決めました。

ふたりは音楽を一緒に奏でることを決断しました。

しかし、音楽活動の仕方がいまいち分からずに、中途半端な日々を過ごしていました。
なんとなく、中途半端な日々を過ごしているとき、何を思ったのかふたりはニューヨークに行きました。

アメリカンドリームを求めたんですかね。
滞在は1ヶ月間、その間地下鉄のホームで歌うなど、さまざまな経験をしたようです。

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引用http://tabisuke.arukikata.co.jp/schedule/59847/

アメリカから帰国後、二人は度胸がついたのか、
本格的に音楽活動を日本で始めました。

ライブハウスで活動を始めた、ふたり。
活動するにあたって、ユニット名を決めることになりました。
ライブハウスの店長から、いきなり聞かれたので二人は非常に悩みました。

そして、「吉田結威・山田義孝」という名前を並べただけのユニット名にとりあえず、決定したようです。

アメリカで度胸をつけて、名前もきまったふたり。
ライブハウスを中心に、結婚式場、イベントなどに出演しました。

最高に楽しかったと思いますね。
これから、「音楽で食べて行くぞ!!」勢いがある。

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引用http://yoshidayamada.com/staff_blog/?p=1766

その勢いが伝わり、ライブハウスで活動を始めて一年。
原宿のライブハウスで、音楽業界の関係者に声をかけられました。


ついに「吉田山田」の誕生です。


それからいろいろあったと思いますが、
今こうして皆さんに知られるユニットに成長しました。


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